いざ、鎌倉!
こんにちは、水野です(^O^)/
代替わりして初めての活動を行いました
秋の鎌倉散策in2008☆
鎌倉は連休の中日ということもありすごい人で
小町通りなどはまっすぐ歩くのも大変でした

今回は3つのコースに分かれて散策したのですが
朝は10時に鎌倉駅に集合して最初はみんなで鶴岡八幡宮へLet’s go!
八幡宮へと向かう若宮大路は段葛と呼ばれるところを歩いて行きました。
そこは車道より一段高くなっており、北条政子が二代将軍源頼家出産時の
安産祈願のために造られました。
鶴岡八幡宮に到着しました

奥には八幡宮に入ってすぐにある源平池があります。
源平池はひょうたんに似た形をしており、鳥居をくぐると中央の太鼓橋を境に
池が左右に分かれています。右の池には三つの島、左の池には四つの島があり、
三は「産」を示し源氏の繁栄を表し、四は「死」を示し平氏の滅亡を表しています。
また夏になると右の源氏側には白旗に因んだ白い蓮が、左の平氏側には
赤旗に因んだ赤い蓮が花開きます。
八幡宮本殿へ続く大石段の前で

左に見えるのは三代将軍源実朝暗殺時に甥の公暁が身を隠すために
使われたという伝説のある大銀杏です。実朝は和歌に秀で『金塊和歌集』も
残していますが、殺される前に辞世となる次の句を残し、
出でていなば主なき宿となりぬとも
軒端の梅よ春を忘るな
と、自身の死を予見していたようにも思われます。
そして奥の本殿は再建されたもので文政11年(1828)、江戸幕府11代将軍徳川家斉の
造営によります。本殿へ上ると勤労感謝の日でしたので収穫を感謝する祭である
新嘗祭が執り行われていました。本殿横では雅楽の演奏もされていました。
荘厳な八幡宮本殿をより一層引き立てていました
さて、八幡宮までは全員で行動していましたが、これからグループ行動の開始です。
私は鎌倉宮から金沢街道へ行ってきました
まずは後醍醐天皇の皇子である護良親王を祀る鎌倉宮です。
今年は護良親王の生誕から700年にあたります。

鎌倉宮のシンボルとなっているのが左奥に見える獅子頭です。護良親王は
戦場に出るときに兜に獅子頭を忍ばせていました。そのため獅子頭のお守りは
身代わり・厄除けとなるそうです
また奥には護良親王が幽閉された土牢があります↓

護良親王は幽閉された後、この土牢で淵辺義博という人物に暗殺されました。
実はこの淵辺義博は現在の相模原キャンパスのある相模原市淵野辺の地頭だったのです。
淵野辺へ通う人間が淵野辺にゆかりのある場所へ行くというのも袖振り合うも多生の縁
というものでしょうか
次にやって来たのは杉本寺

鎌倉最古の寺である杉本寺は苔むした石段が遥かな時の流れを感じさせてくれます。
石段の奥に見える本殿は江戸時代に作られ、茅葺屋根でできています。中には秘仏として
三体の十一面観音像が安置されており、少し離れたところから拝むこともできました。
杉本寺は喧騒が吸い込まれていくような静かなお寺でした。
続いて向かったのが竹寺として有名な報国寺↓


本堂の後方には見事な竹の庭が広がっています。天高くへ伸びた無数の孟宗竹が
所狭しと植えられていました。その中に敷かれた石畳に沿って歩を進めるとやぐらが見えてきます。

みんなの視線の先には多数の墓塔が見られます。ここには創建するために
財政的支援を行なった足利尊氏の祖父家時などの墓が安置されています。
しかし、どれが家時の墓かよく分かっていないそうです。
最後に行ったのは釈迦堂切通しです↓

三代執権北条泰時が父である義時追善のために釈迦堂を建立したことに由来します。
この切通しは鎌倉の大町方面に通じており、外部と通じているわけではないので
鎌倉七切通しには数えられません。現在は通行止めになっています。
天気も良く洞門奥から採光がされており幻想的でした。
この後、甘味をいただいて解散しましたヾ(@^▽^@)ノ
最後に以下は北鎌倉を巡るコースの円覚寺での写真です。
円覚寺でも色づき始めているようですね


さて、秋の鎌倉はいかがでしたか?
今回は天気にも恵まれ無事に散策を終えることができました

日なたでは暖かく、紅葉は多少ありましたが、まだまだこれからでした…
しかし、よりいっそう寒さもこれからは厳しくなります
体調には気をつけてお過ごしください。。
ではでは☆★
代替わりして初めての活動を行いました

秋の鎌倉散策in2008☆
鎌倉は連休の中日ということもありすごい人で

小町通りなどはまっすぐ歩くのも大変でした


今回は3つのコースに分かれて散策したのですが
朝は10時に鎌倉駅に集合して最初はみんなで鶴岡八幡宮へLet’s go!

八幡宮へと向かう若宮大路は段葛と呼ばれるところを歩いて行きました。
そこは車道より一段高くなっており、北条政子が二代将軍源頼家出産時の
安産祈願のために造られました。
鶴岡八幡宮に到着しました


奥には八幡宮に入ってすぐにある源平池があります。
源平池はひょうたんに似た形をしており、鳥居をくぐると中央の太鼓橋を境に
池が左右に分かれています。右の池には三つの島、左の池には四つの島があり、
三は「産」を示し源氏の繁栄を表し、四は「死」を示し平氏の滅亡を表しています。
また夏になると右の源氏側には白旗に因んだ白い蓮が、左の平氏側には
赤旗に因んだ赤い蓮が花開きます。
八幡宮本殿へ続く大石段の前で


左に見えるのは三代将軍源実朝暗殺時に甥の公暁が身を隠すために
使われたという伝説のある大銀杏です。実朝は和歌に秀で『金塊和歌集』も
残していますが、殺される前に辞世となる次の句を残し、
出でていなば主なき宿となりぬとも
軒端の梅よ春を忘るな
と、自身の死を予見していたようにも思われます。
そして奥の本殿は再建されたもので文政11年(1828)、江戸幕府11代将軍徳川家斉の
造営によります。本殿へ上ると勤労感謝の日でしたので収穫を感謝する祭である
新嘗祭が執り行われていました。本殿横では雅楽の演奏もされていました。
荘厳な八幡宮本殿をより一層引き立てていました

さて、八幡宮までは全員で行動していましたが、これからグループ行動の開始です。
私は鎌倉宮から金沢街道へ行ってきました

まずは後醍醐天皇の皇子である護良親王を祀る鎌倉宮です。
今年は護良親王の生誕から700年にあたります。

鎌倉宮のシンボルとなっているのが左奥に見える獅子頭です。護良親王は
戦場に出るときに兜に獅子頭を忍ばせていました。そのため獅子頭のお守りは
身代わり・厄除けとなるそうです
また奥には護良親王が幽閉された土牢があります↓

護良親王は幽閉された後、この土牢で淵辺義博という人物に暗殺されました。
実はこの淵辺義博は現在の相模原キャンパスのある相模原市淵野辺の地頭だったのです。
淵野辺へ通う人間が淵野辺にゆかりのある場所へ行くというのも袖振り合うも多生の縁
というものでしょうか

次にやって来たのは杉本寺


鎌倉最古の寺である杉本寺は苔むした石段が遥かな時の流れを感じさせてくれます。
石段の奥に見える本殿は江戸時代に作られ、茅葺屋根でできています。中には秘仏として
三体の十一面観音像が安置されており、少し離れたところから拝むこともできました。
杉本寺は喧騒が吸い込まれていくような静かなお寺でした。
続いて向かったのが竹寺として有名な報国寺↓


本堂の後方には見事な竹の庭が広がっています。天高くへ伸びた無数の孟宗竹が
所狭しと植えられていました。その中に敷かれた石畳に沿って歩を進めるとやぐらが見えてきます。

みんなの視線の先には多数の墓塔が見られます。ここには創建するために
財政的支援を行なった足利尊氏の祖父家時などの墓が安置されています。
しかし、どれが家時の墓かよく分かっていないそうです。
最後に行ったのは釈迦堂切通しです↓

三代執権北条泰時が父である義時追善のために釈迦堂を建立したことに由来します。
この切通しは鎌倉の大町方面に通じており、外部と通じているわけではないので
鎌倉七切通しには数えられません。現在は通行止めになっています。
天気も良く洞門奥から採光がされており幻想的でした。
この後、甘味をいただいて解散しましたヾ(@^▽^@)ノ
最後に以下は北鎌倉を巡るコースの円覚寺での写真です。
円覚寺でも色づき始めているようですね



さて、秋の鎌倉はいかがでしたか?
今回は天気にも恵まれ無事に散策を終えることができました


日なたでは暖かく、紅葉は多少ありましたが、まだまだこれからでした…
しかし、よりいっそう寒さもこれからは厳しくなります
体調には気をつけてお過ごしください。。
ではでは☆★

今回は参加人数が少なかったのでこまわりがきいてよかったと思います。特にうちの班(美術館コース)は2人だったので(笑)
鎌倉散策では今まで寺社中心に廻っていましたが、今回新たに美術館コースを設置でき、有意義なことだったと思います。


